【修理前の状態】
音を鳴らすと、ドの鍵盤を押しても全く違う音が出ている状態でした。
これは調律が長年空いているだけではなく、ピアノの中の核となる部分の故障が考えられます。
そこでまず中身を見てチェックをしていきます。外装の木がはがれてしまっている部分が多く見られます。
これは乾燥により接着剤が弱くなったことが原因で起こる症状です。
日本は湿気が多いというイメージが強いのですが、冬の乾燥も強いため、
湿度差の大きな環境に長い間ピアノを置いていると、このようなことが起こります。
外装の割れやハガレだけではなく、響板や駒にも亀裂が入ってしまっています。
また、調律を保持するためのチューニングピンを支えているピン板も割れてしまっています。
こうなっては、調律をすることすら不可能になってしまいます。
鍵盤を含むアクションメカニックの部分も多くの部品交換の必要な状態です。
象牙鍵盤はそこまで変色はしていませんが、欠けてしまっている部分がいくつか見られます。
外装塗装・木工修理(ピン板交換・駒修理・外装修理)・張弦を行います。
欠けてしまっていた部分は同じ木材を使い補修し、はがれてしまっている部分は接着または新しい板に貼り換えます。
そして塗装を施すことによって再び美しい外見が蘇ります。
また、外装も楽器として鳴らすというヨーロッパ製ピアノの特徴を生かすために、塗装は黒艶消しで仕上げました。
弦を交換した際の注意点として、ピッチを普通の高さまで一気に上げてはいけないということがあります。
弦の張力は1本で約70sなので、全体では18トンほどの強さが掛かっています。
これが一度弦を外したことによって0になり、そこから一気に張力を上げていってしまうと、
ピアノ本体が大きなダメージを受けてしまいます。
初めて調律に伺ったお客様から「弦を交換してから音が鳴らなくなってしまった」という相談を受けることがよくあります。
そうならないためにも3度下くらいから、間に1週間ずつほど時間を空けながらゆっくり張力を上げていきます。
まずは変色している象牙鍵盤を漂白します。
使われている象牙の質にもよりますが、黄色くなった鍵盤を白くすることができます。
また、欠けてしまっていた鍵盤は交換しました。
鍵盤の下でクッションの役割を果たしているフェルトをパンチングクロスと言います。
この部品も古くなるとクッションとしての役割を果たさなくなり、弾き心地が非常に悪くなってしまいます。
このフェルトの厚さは材質によって音色やタッチが大きく変わるので、このピアノに合ったものを選んで使います。
鍵盤が横揺れすることなくスムーズに動いてくれるための部品です。
この部品は、古くなると鍵盤のガタつきを感じることがあり、また雑音を生じる恐れがあります。
交換することにより、無駄なく滑らかに鍵盤が動いてくれます。
鍵盤とアクションの接点にある部品で、この部分の滑りが悪いと雑音の原因になります。
最近のピアノではアクション側にこのフェルトが貼られていますが、
古いピアノには鍵盤の部分に貼られているものをよく目にします。
メカニック部分の総点検をするには、総ての部品をバラバラに解体する必要があります。
細かくチェックし、破損している部品や今後破損するであろう部品を全て交換します。
グランドピアノの場合、ハンマーは下から上に動いて弦を叩くので、重力の力も手伝ってハンマーは元の位置に戻ります。
これに対してアップライトピアノの場合、弦が縦に張ってあるため、ハンマーは前から奥に向かう前後運動をします。
従って、ハンマーを元の位置に戻すためにアップライトピアノにはたくさんのスプリング(バネ)が使われています。
このスプリングは、古くなると金属疲労を起こして折れてしまいます。
まだ折れていない部分もありますが、今後弾いていくうちに損傷する可能性が高いため交換します。
スプリング類は新品に交換すれば良いのではなく、それぞれの太さや形状がそのピアノに合ったものでなくてはなりません。
バネが強過ぎればタッチは重くなりピアニッシモが出しづらくなりますし、
弱ければバネの役割を果たさず連打がしづらくなってしまいます。
元々付いていたバネを参考にサンプルを作りながら選んでいきます。
ハンマーを元に戻すためのスプリング(バットスプリング)を引っ掛けるための紐です。
この紐が切れてしまっていてもバネの役割を果たせずに連打が出来なくなってしまいます。
センターピンとは、ピアノのメカニックの間接部分にあり動きの軸の役割をしています。
湿度の高い場所や長期間の放置により、ピンの回りに巻いてあるフェルトや木そのものが膨張して動きが悪くなります。
人間でも長期間関節を固められて動かない状態でいると、久しぶりに動かそうと思ってもなかなか動かないのと同じです。
この部分の動きが悪いと、連打がしづらくなったり、さらに酷くなると鍵盤が下がったまま戻ってこなくなったりします。
直すには、一度古いピンを抜き、膨張してしまっているフェルト部分を専用のヤスリで削りながら、
丁度良い動きのセンターピンを選びます。
1つの音につきこの間接部分が4つあり、鍵盤が88音(ダンパーだけは66本)ありますので、
330回気を抜かずにこの作業を続けなければなりません。
軸の動きがスムーズになることにより、鍵盤を押した力がハンマーまでしっかりと伝わり、
自分の思った音量や音色を表現することができます。
ハンマーが弦を打った後にもう一度弦を叩いてしまわないために、ハンマーを受け止める役割を果たしている部品です。
これも古くなると受け止めづらくなり、結果2度打ち(1回しか鍵盤を押していないのに2回音が出る)症状が起こります。
写真の青いフェルトがバックチェックフェルトになります。
細かい消耗部品の交換がある程度終わりに近づいてくる段階で、一度調整をしっかりします。
元々使われている古いハンマーで調整をし、どのような音になっていくかにより交換するハンマーの素材や形状を選びます。
また、同時にハンマーが弦を叩く位置(打弦点)も確かめていきます。
ハンマーの打弦点は音色の面で重要で、どんなに良いピアノでもコンマ1ミリずれるだけで突如鳴らなくなる場合があります。
このピアノの場合、過去にハンマーを交換されている形跡があったため、
今出ている音がこのピアノ本来の音なのかを確かめなくてはなりません。
まず古いハンマーをバットから外します。熱を加えることによって接着剤を柔らかくし、一つずつ外していきます。
ハンマーを外した部品も元に戻していきます。この部品に今度は新しいハンマーが付けられていきます。
新しいハンマーです。
新しいハンマーの場合には必ず最初に第一整音を施します。
第一整音とはハンマーに針を刺すことによって弾力を与えてあげる作業です。
ゴルフボールはゴルフクラブで打って初めて遠くに飛びます。逆にスーパーボールは床に落とした時によく弾みます。
それぞれの物に対しボールの弾力が合った時に初めて効率よく弾んでくれるという現象で、ピアノにも同じことが言えます。
新しいハンマーの場合、最初は非常に硬く弦に対して弾んでくれないので、全体に針を刺してあげる必要があります。
針を刺したのちに布ヤスリで膨らんでいる分を平らにします。
ハンマーの穴あけの寸法をはかり、その数値を参考に穴を空けていきます。
穴が空いたら次はその穴に入れるシャンクと呼ばれる棒を選びます。
実はこの棒もただ入っているものを適当に植えていくわけではなく、この中からより良いものを選んで使います。
さらにその選ばれたシャンクの中で、今度は机に落とした時や指で弾いた時の音程を聴いてその順番に下から植えていきます。
このように選んでいくと使えるシャンクは非常に少なく、今回は500本ほどからようやく1台分88本が揃いました。
いよいよハンマーを植えていきます。
まずシャンクをハンマーに植え、それからアクション本体(バット)に植えていきます。
接着剤にはニカワを使います。ニカワはデリケートな接着剤で、濃度を間違えるとくっつきが悪くなります。
しかし、ちゃんとした状態で使えば100年以上もつという性質をもっています。
ニカワの濃度には特に気をつけながらの作業です。
本体に入れる前にシャンクの余分に長い部分を切り、そこからは定規を使いながら慎重に植えていきます。
ハンマーを植えたらまた調整を細部まで行います。そして最後に鍵盤の重さを鉛を使って調整します。
ハンマーを交換した際にはほぼ必ず行う工程です。
このピアノの場合、前回の修理の際に重たく調整されていたと考えられ、弾ける状態ではないため軽くする調整が必要でした。 まずは専用の分銅を使って重さを調べます。
鍵盤はシーソーになっているのでまずはシーソーの奥に入っている鉛を抜いて埋め木をします。
それでもまだ重いので今度は手前側に鉛を入れます。鉛を入れる場合にはその位置が重要になります。
まずその重さの分銅をつくり鍵盤の一番手前に置きます。入れる鉛も鍵盤の手前側の適当なところに置きます。
そしてその分銅が下に降りるまで置いてある鉛を手前へ移動させます。
下に降りたら今度は分銅の重りを半分にして、押し下げた状態から鍵盤が上がってくるかを確かめます。
シーソーの手前側が重すぎて上に上がらないという状態にならないように確かめる工程です。
手前が重すぎると弾くのは軽いが戻りが悪いので連打が悪くなってしまいます。
これで鍵盤が返ってくることが確認出来たらその鉛が置いてある部分に印をつけます。
これを88鍵繰り返していきます。基本的には低音から高音になるに従って軽くなるように調整していきます。
印を付け終えたらそこに穴をあけ、鉛を入れ叩いてかしめながら固定していきます。
鍵盤鉛調整まで終わったら調律、整音を含めた最終調整に入ります。
ブリュートナーの響きと含みをもった歌声をより引き出していきます。
多くの部品の新しく交換したため、安定するまで何度も細かく調整していきます。
最終的にはお客様のお宅に納めてからその場所にあった響きに調整します。
最初お預かりした時点では、完全にピアノとして機能を失ってしまっていた状態でしたが、
最後にはブリュートナー本来の響きを取り戻すことが出来ました。
ピアノ自身もお客様の弾いたとおりに本来の歌声で歌えて喜んでいるような気がします。
これからも末永くこのピアノが心地よい歌声を奏でられますように...
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